冬の寒さも和らぎ、高田公園の桜も咲き始めたこの春爛漫の良き日に、175名の新入生の皆さんを本学にお迎えし、ご来賓の皆様のご臨席を賜り、入学式を挙行できますことに感謝申し上げます。新入生の皆さん、本日は、ご入学おめでとうございます。上越教育大学の教職員を代表いたしまして、皆さんのご入学を心より歓迎いたします。
さて、本学は教育大学ですので、皆さんは、教員になろうという思いがあって、本学に入学したものと思います。本学は、国立の教育大学や教育学部の中でも高い教員採用率を誇っていますので、皆さんのその思いは、かならずや実現されるものと信じています。けれども、教員になるということだけが最終目的であるというのでは、少し寂しい気がします。教員になって、その後、どんな教師を目指すのかということも、考えていただきたいのです。皆さんが大学を出てそのまま教員になったとすると、その後、転職しなければ、定年まで40年以上にわたって教師を続けることになります。その間、皆さんは、教師としてどのようなキャリアを歩みたいと考えるのでしょうか。皆さんがなりたいと思う理想の教師像は、どのようなものでしょうか。若いころは、児童生徒とともに体を動かして活動することはそんなに苦ではないでしょう。しかし、年を重ねると、若者といっしょに体を動かすことがつらい状態になるかもしれません。また、世代間のギャップで児童生徒の気持ちが理解しづらくなるかもしれません。
人間は、自分の体験や身に付けた知識をとおして様々なことを考えます。だから、十八歳の皆さんは、十八年間の学びや体験をベースにして自分の未来を描くことになります。したがって、そんなに先々のことまで考えられないかもしれません。しかし、教員になるということを志したからには、その延長線上にしっかりとした自己のイメージを打ち立てて、歩みを進めていただきたいと思います。そのためには、不足している情報は積極的に収集していただきたい。たとえば、教育をテーマにした小説を読んだり、映画を見たりすることもよいでしょう。古典的な作品としては、坪井栄の『二十四の瞳』とか、島崎藤村の『破戒』とか。描かれている学校は、今の学校とはかけ離れていますが、だからこそいろんなことを考えさせられるように思います。私が大学生の頃は、灰谷健次郎の『兎の眼』が、一読してとても印象に残りました。重松清の短編『せんせい』も、人間関係の難しさについて考えさせられます。他に、瀬尾まいこの『図書館の神様』とか、比較的新しい本としては、伊予原新の『宙わたる教室』はNHKでドラマ化されました。その続編の『コズミック?ガール』もこの4月中に発刊されるようです。小説ではなく、現役の教師が書いた教育に関する本もあります。また、本学の教員が書いた本もいろいろとあります。図書館などで手に取ってみてください。
教育をめぐる言説は、その時々の流行り廃りがあるように思います。最近、よく耳にするのが、ウェルビーイングという言葉です。OECD(経済協力開発機構)の公表した「ラーニング?コンパス2030」の中でも、ウェルビーイングが掲げられています。それは、直訳すれば「善い状態」ということです。しかし、1947年に採択されたWHO憲章の中では、ウェルビーイングが健康の定義として示されており、「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と示されています。したがって、ウェルビーイングは、「肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態」と言ってよいでしょう。日本でも、2025年に出された中央教育審議会の教育課程企画部会「論点整理」で、「学びを方向付ける人間性」の説明の中に「個人と社会のウェルビーイング」という文言が記されています。個人的な経済的成功が、人生の目的ではないというようなことを言っているようで、私としては肯定的に捉えたいと思います。
この「個人と社会のウェルビーイング」と類似した概念を探ると、古代ギリシャのアリストテレスのエウダイモニアという概念にまでさかのぼることができます。このエウダイモニアは、単なる快楽や物質的な満足ではなく、人間の本質的な目的としての最高善とされています。教育の中でも取り上げられるようになっているということは、ウェルビーイングが教育の目的だと言ってもよいようにも思いますが、しかし、そうすると、現在の学校教育法の中で記された教育の目的とどう整合をとるのかということが少し気がかりです。
もう一つ、子どもの問題にも触れたいと思います。それは子どもの貧困の問題です。
厚生労働省の最近のデータでは、11%程度の子供が貧困の状態にあると言われています。そのように言われてもあまりピンとこないという人もいらっしゃるかもしれません。子どもの貧困は「相対的貧困」でその現状は見えにくいからです。相対的貧困とは、収入が「その国の所得(等価可処分所得)の中央値の半分に満たない状態」にある家庭を意味しています。つまり、社会の大多数と比べて生活水準が低く、教育?文化?人間関係などの機会が制限される状態にあるということです。もちろん、国や県市も様々な支援策を提供していますが、なかなか困っている人たちのところまで十分に手が届かないという一面があるのではないかと考えています。これから教員になることを目指す皆さんには、ぜひそうしたことも知っておいてほしいと思っています。皆さんが接する子どもたちの中にもそうした子どもがいる可能性があるからです。ちなみに、この4月から上越市の市立小学校では給食費が無償化されます。
さて、皆さんが、これから生活するこの上越の地は、とても自然豊かな地域です。冬には、昔よりは積雪が少なくはなりましたが、それでも雪は積もります。雪かきをする必要があるということは大変なことですが、しかし、スノースポーツを楽しむことができます。春になれば、木々が一斉に芽吹きます。春の花々が開花するのを見て、「今年も春が来たな」と、私も含めこの地の住民は強く感じます。今は、桜の花も咲き始めましたから、ぜひ高田城址公園などを訪ねて、桜あるいは夜桜を楽しんでください。
夏になると、湿度が高く暑い日が続きます。この地域はフェーン現象で気温がとくに高くなる日もあります。秋になると、山々が美しい紅葉色に飾られ、その後、雪下ろしの雷と共にまた冬がやってきます。
せっかく上越にいらっしゃったのですから、皆さんも、こうした豊かな自然を味わってみてください。市内には、高田城址公園内に小林古径記念美術館もありますし、日本のスキー発祥の地である金谷山や、上杉謙信の居城のあった春日山もあります。直江津地区には、上越水族博物館「うみがたり」もありますし、海水浴場もあります。流刑の身となった親鸞聖人が上陸した居多ヶ浜も直江津地区にあります。上越市とお隣の妙高市や糸魚川市には、スキー場もあります。山も、里山ばかりではなく、日本百名山に数えられる妙高山や火打山などもあります。先ほど私は、「人間は、自分の体験や知識をとおして様々なことを考える」と言いました。自然体験や文化体験もそうした体験の一部です。今後いろいろなことを学び、理解するときの助けになるものと思います。
結びに、本日ご列席いただきましたご来賓の方々、遠方よりお越しいただいた保護者の皆様には、厚く御礼申し上げます。また、大学として、新入生の皆さんには、大学での学びと生活を支援することをお誓い申し上げて、告辞といたします。
令和8年4月6日
国立大学法人 上越教育大学長
林 泰成
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